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<title>東苑戯楼 2005.11.03.</title>
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<![CDATA[<p><em>PHOTO GALLERY</em><br />
 &gt;&gt; <a href="http://jkf.cn/cn/photo/051103/fashion_show_051103/" target="_blank">Fashion Show</a><br />
 &gt;&gt; <a href="http://jkf.cn/cn/photo/051103/kimono_051103/" target="_blank">Kimono</a><br />
 &gt;&gt; <a href="http://jkf.cn/cn/photo/051103/style_051103/" target="_blank">Styles</a><br />
 &gt;&gt; <a href="http://jkf.cn/cn/photo/051103/event_party_051103/" target="_blank">Event & Party</a></p>

<p> &gt;&gt; <a href="http://www.koshinojunko.net/jp/photo/051103_inside_story/" target="_blank">Inside Story</a> (<a href="http://www.koshinojunko.net/" target="_blank">koshinojunko.net</a>)</p>]]>

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<title>浅草ルネッサンスステージ 2005.09.23.</title>
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<summary type="text/plain"><![CDATA[つくばエクスプレス開業記念 PHOTO GALLERY  &gt;&gt; Fa...]]></summary>
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<![CDATA[<p>つくばエクスプレス開業記念<br />
<em>PHOTO GALLERY</em><br />
 &gt;&gt; <a href="http://jkf.cn/cn/photo/050923/sensoji/" target="_blank">Fashion Show</a></p>]]>

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<title>[Photo Archives] 東苑戯楼 2005.11.03.</title>
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<modified>2005-12-19T02:33:05Z</modified>
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<![CDATA[<p><img alt="051206.jpg" src="http://jkf.cn/jp/images/051206.jpg" width="445" height="669" /></p>]]>

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<title>Speccial Message from  宋建明 01</title>
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<summary type="text/plain">東方には「ファッション新生活文化」を このように解釈する考え方がある コシノジュ...</summary>
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<![CDATA[<h3>東方には「ファッション新生活文化」を<br />
このように解釈する考え方がある</h3>
コシノジュンコ北京ファッションショーを見ての感想を記す
<h2>宋建明</h2>

<p>鈴木弘之氏が教えてくれた。彼の夫人であるコシノジュンコはもうすぐ北京飯店で「中日ファッション新生活文化交流――北京20周年紀念」と題するファッションショーを行うと。私は北京まで鑑賞旅行に行くことにした。こう決めたのは、私のコシノジュンコの芸術思想とその実践への関心からである。</p>]]>
<![CDATA[<div align="center">（一）</div>
コシノ女史とそのハンサムなご主人である鈴木氏に初めて会ったのは、2年前の東京で、桜が満開の季節だった。その時私は、中国美術学院の「『地の縁』――アジアの文化版図をもう一度描く」という課題のチームを率いる使命を帯びて日本の文化視察に赴いたのである。この課題の任務は、アジアの伝統文化を持つ国、例えば日本・インド・タイ・イラン・トルコなどを研究対象に選択し、これらの国が近代西洋の強力な文化流入という情況の中、民族固有の文化に発生した変化の様子を考察するというものだった。

<p>日本の友人である下泉和也氏（ディックカラー＆デザイン株式会社の責任者）の手配で、私達はコシノさんのデザインスタジオに招かれ、訪問した。スタジオは東京の一角の静かな小道に面した小さなビルの四階にあった。下の三階はコシノさんのブランドJUNKO KOSHINOファッションブティックで、店内は明るく、赤と黒が交互になった一列一列の婦人服がすっきりと配置され、区分がはっきりとしており、とてもモダンな感じだった。</p>

<p>コシノさんのスタジオで私達は掘り下げたインタビューを行った。内容は彼女の生い立ち・デザインの理念から中国とのこれまでの交流に亘った。コシノジュンコは老舗の呉服屋に生まれ、長年和服のデザインを手がけた後、ファッションデザインに転向した。服装からアクセサリー・皮革・金属・漆工芸、更には家具のデザインまで…、彼女はいまだにその関心対象を広げ続けているようだ。私の注意を引いたのは、彼女の業績ばかりでなく、もう一方の叡智に満ちた二つのまなざし――それは鈴木氏である。彼は敏感で、反応が素早く、深い教養を持ち、どうしたらロマンティックな構想を迅速に実現できるかを良く知っているかのようだった。JUNKO KOSHINOブランドが今日持つ影響力は、きっと彼ら夫婦が手を携えて作り上げたものに違いない。会話の中で、彼らの文化観とは、「土着に根ざし、世界に目を向ける」という言葉で形容されるものであることを深く感じた。この文化観は彼女の生活と芸術デザインの隅々にまで浸透している。</p>

<p>インタビューが終わって、暗くなってくると、私達は階上へ招かれ、彼らの住居の客となった。広々とした応接間は両面の壁が総ガラス張りで、一方の側は外が見え、大通りに面しているので、東京の夜景を目に焼き付けることができた。もう一方は内側に向き、最上階の中庭に面していた。この中庭は正方形で、二つに分かれており、半分が浅い池、半分が石板で覆われ、すっきりと何の飾りもなく、空が暗くなると壁の四隅の見えない部分にある照明が青い光を発して、静寂な感じを与える。応接間の壁際の一角には黒い洋式の飾り気のない皮製のソファとテーブルのセットがあり、真ん中のいくつかの黒い漆塗りの細長いテーブルは、垂直に接するように組み合わされ、上にはいくつかの黒と緑の漆の箱が置かれ、ビュッフェスタイルの晩餐が整然と中に並んでいて、スタイリッシュな感じであった。</p>

<p>「ファッションとは、私達がさまざまな美しいものを創作したり鑑賞したり、または珍しく美味なご馳走を味わう過程において、飽きることなく楽しませ、帰るのを忘れさせるほどのものなのです。」（コシノさんの言葉）。交流の中で、コシノジュンコは中国の食事について、盛りだくさんだけれど、構成の考え方にブレークスルーがすこぶる不足していると批判した。「飲食大国」から来た私は、それを聞いてかなり驚いた。しかし彼女の一連の行き届いたやり方とそれによって生じた境地・情緒を見ている内に、私達はこれまで当たり前だと思っていた事物の状態について、よく反省する必要があり、そうしてこそ初めて新しい発想が生まれるのだと感じた。日進月歩を追い求めるのは、もともと現代の都会人の生活における一種の欲望がもたらした結果なのである。</p>

<p>晩餐後、私は和室に招き入れられた。面積は広くはなく、何枚かの畳の上に木の地の色そのままの小机が置かれており、私達は畳にじかに座った。やわらかい明かりの下、優雅な雰囲気だった。お茶を前に、コシノ女史は私に近年の中国の変化について尋ねた。彼女がとても真剣に聞いているのが感じられた…</p>]]>
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<title>Speccial Message from 宋建明 02</title>
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<summary type="text/plain">（二） 5月14日、北京飯店の巨大で豪華な宴会場で、彼女、コシノジュンコはその思...</summary>
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<![CDATA[<div align="center">（二）</div>
5月14日、北京飯店の巨大で豪華な宴会場で、彼女、コシノジュンコはその思考を編み出していた。

<p>序曲は真っ暗な中で始まった。二本の冷たい青い光が徐々に明るくなり、鉄錆のような赤色の服を着て、うつむいた演奏者に焦点が合わされた。臓腑をえぐるような京胡がむせび泣くように、訴えるように、遠くから近くへ、低から次第に高へ、立ちのぼってゆく…。中国伝統の一種の悲愴美が周囲に満ち、心が引き締まる。曲の音が次第に低くなり、六名の伝統的和服を着た中国女性がゆっくりと登場した。</p>]]>
<![CDATA[<p>続いて、コシノさんが心を込めてデザインした十余のシリーズのファッションが、それぞれ異なるリズムの楽曲に合わせて次々と現れる。服は「呉服」と称される古風な服装を母体とし、様々な新しいファッションスタイルを加味したドレスで、服の形・長い袖・ベルト…私の見たところ、漢や唐の時代の衣装の延長線上にあるようなものも多く感じられた。和服を基礎に発展変化させたもの・皮革を編んだものとシルク素材を組み合わせたもの・華麗できらびやかな金色のもの・毛皮コートとある種の民族アクセサリーを、ベルトを編む手法で組み合わせたもの・黒いスカートを下着にし、外側に鮮やかな色調を羽織ったもの・透明と不透明な布地を織り交ぜ、更に伝統的な図柄を刺繍したロングドレス・古風な斜めに裁ったワンピースに現代的な装飾を合わせたもの・輪郭線に不規則な不完全感のあるもの・幾層にも重なり合ったもの・一枚の布を切って作ったリボン状のもの・幅広の織物を編み上げたもの・肌を隠しつつも見えそうなもの…、これら元々何ら生命の表徴ももたない衣服製造材料が淡々と天成のイメージとなるよう構成され、長くなったり短くなったり、緩めたりたり引き締められたり…、一組一組の服が、ゆっくりと代わるがわる披露され、日本の「華道」芸術のような放射状や、長さが不均一な髪の束を組み合わせた髪型や髪飾りとあいまってとても美しかった。最後の一組は、ブラックシルクのロングドレスで、松・雲・波のような伝統の模様が金色で刺繍されており、和風をアレンジした髪型に2本の非常に長いかんざしを差している様は、釣竿が空中でゆれているようで、人の耳目をそばだてた。</p>

<p>ファッションショー全体は、色使いが濃艶で、対比は力強く、古風な香りが濃厚ながら、ファッション性を失っておらず、東西文化のファッション精神が集まり融合しあう中であの特殊な境地が現出したのである。もし私達が服装の形態美学の角度から今回のコシノさんのショーで表現された服装の表情を見るなら、私は、一種のイメージ感が比較的大きく現れていたと思う。それは形態の「突きぬけ」感である。「突きぬけ」の中から奇を求め、精緻を求め、日本の伝統工芸のあの品位を求める。みなコシノさんのデザイン手法である「冒険」の中から「新しさを求める」意図を見ることができる。再加工された布地が、巧妙に組み合わされている中に、コシノさんがこの危険な技を思い通りに扱っている様子が十分に見て取れる。これには勇気が必要である。ショー全体が一気呵成で、その美は数え切れない。その言葉に言い尽せないほどのファッションの世界は、まことに豊富多彩である。<br />
</p>]]>
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<title>Speccial Message from  宋建明 03</title>
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<summary type="text/plain">（三） コシノジュンコは20年前に既に北京の人民大会堂でファッションショーを行っ...</summary>
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<![CDATA[<div align="center">（三）</div>
コシノジュンコは20年前に既に北京の人民大会堂でファッションショーを行ったことがある。当時、彼女は、端的に言えばファッションの啓蒙に来たのである。20年が過ぎ、北京は様変わりし、「ファッション」「流行」「トレンド」といった言葉は慣用語になっている。今日彼女は北京に戻り、自らの中国進出20周年記念ショーを行った。異なっているのは、このショーが「新生活ファッション」の観念の命題の中で展開されたことだ。過去コシノ夫妻は国際間で大きく国境を跨いだ。東京・パリとニューヨークの間で、日本・ベトナムとキューバの間で、伝統文化と現代生活の間で生活して感じ取ったもの。それゆえに彼女が20年前に始めた「国境を越えた仕事」を構想・演出し続けるのである。だから、このショーは、彼らの芸術の実践と長年の文化的思考が積み重なった縮図ともいえる。今回のファッションショーを見て、私達は大体このような印象を持った。]]>
<![CDATA[<p>第一に、彼女の服装の理念は日本の伝統的和服芸術から養分を得たものである。日本固有の伝統文化の土台、この土台の文化の源は古代中国の文化に遡れるものであるが、後に日本の文化人や職人の手により徐々に日本化の過程を完成し、中国文化の特色とは異なる「和の文化」と称される文化形態を形成した。コシノさんの言い方によれば、「西洋と東洋の間、古代中国の風俗習慣や精神と、徐々に形を成していった日本文化の間に、「和」と称される文化の雰囲気が生み出す『和食・和服・和風』といった文化形態がある。」彼女が日本の伝統文化に対し唱える「禅の境地」の精神とその表現とは：主体が静謐な境地の中で際立つこと、簡潔な形態の中に精緻を表現すること。同時に、彼女は長年ファッションの最前線で活躍してきたので、プレタポルテブランドのデザインと経営を知り尽くしている。だから、伝統美学観と現代ファッション観が融合し歩み寄る中で生まれる新しい発想が、コシノさんが次々に新作を生み出す原動力となっているのである。そのため、彼女のプレタポルテやファッションの中から、沢山の和服の技術や美学的な意味、例えば服地の選び方や再加工・裁断の型・装飾の模様や色彩…を見出すことができる。私はこれこそが彼女の服特有の美の原因だと思う。</p>

<p>その次に、彼女はその他の民族の伝統文化とその服装の特色に注目しており、これが彼女の人類文化への認識を多元化し、多様で豊富なものにしている。日本の文化環境には多元的な文化現象が存在し、一部の分野ではそれが非常に極端である。近代以来、「国際化」の色彩を帯びた欧米の「洋」文化が侵入したが、その頃の日本人は崇拝するような心理でまるごと受け入れ、研究を行った。日本が国際経済の分野で西洋諸国と平等に対話できる実力を顕示するようになるにつれ、国際化の心理はしばしば「アジア」の存在を忘れさせた。特に若い人々は前の世代の人々のように一様に西洋の潮流を追い求めるばかりでなく、自己表現に夢中になり、自国の中で彼らがファッションの要素だと考える様々なものを吸収し、各種の珍妙な、マンガのような色彩のものを集めて組み合わせ、当代日本の特色ある新しいファッショントレンドを作りあげている…。このような環境では当然その他の各種異なる民族文化の色彩を持つ事物も表現される。「爆発的な情報の高速伝達がなされる昨今の時代においても、多くの「ファッション」が長年のうちに人々の骨の髄まで浸透し、根を張っている。いくつかのファッション潮流は現れてはすぐに消え、線香花火のようなものだ。しかし、あるファッションは広く受け入れられる民族的文化にまで発展変化し、それが元々舶来品であったことなど分らないほどになる。」（コシノさんの言葉）<br />
第三に、彼女の現在主流のファッション潮流趨勢に対する関心がある。新感覚・新材料・新技術…これらを選び取り、創造的実験を行って、「新生活文化」の形態に対する思考に振り向けるのである。</p>

<p>いわゆる国際的な激しい大潮流という背景にあって、人々の都市生活をめぐるモノは次々と現れて尽きることがないが、デザインの角度からその形態を考えると、容易に型にはまったものを発見でき、人を窒息させるに足る。だから、造物のオリジナリティーの問題が際立つのである。いかに似通った形の中から囲いを突破するか、コシノジュンコのようなファッションクリエイターについて言えば、最終的に生活方式や生活形態を見つめ直すことが必然的に要求される。コシノジュンコの目から見ると、「『ファッション』という言葉は時代を映す鏡で、一種の時代に対する憧憬をも表現している。」、果ては「一種のファッション運動」と考えられたりさえする。彼らは必然的に批判的なまなざしでこの環境の性質を見つめることを余儀なくされ、「新しい生活」を営造するという命題を打ち出す。だから、コシノさんは服装からアクセサリーへ・器へ・空間へ・生活環境へ・飲食へ、ひいては行動様式の向上にまで、彼女の視線が注がれるところでありさえすれば、まちがいなく一つも逃すことはなく、その能力で改造を加えなければならない。こうして「新生活」の名の下のトータルな形態デザインを展開するのである。</p>

<p><br />
このように入り組んだ多元性と多様性の織り成す文化環境の中で生活し、二十年来、コシノさんの思想はきっと衝撃や調整の過程を経験してきたであろう。筆者は中国のデザイン理論の研究者として、コシノジュンコの芸術思想とデザインの実践を観察し、彼女のファッション観を解読してきたので、彼女のファッション観が既に服装自体を超越し、「文化」「新生活」と結びついていることに気づくのは難しいことではない。このような高みに立ってのみ、初めて彼女の「ファッション」の名の下にある全ての内容を縦覧することができるのである。</p>

<div align="right">中国美術学院･色彩研究所</div>
<div align="right">2005年7月11日</div>]]>
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<title>Fashion CHINA　独占インタビュー 01</title>
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<summary type="text/plain">JUNKO KOSHINO： 未来デザインで現代伝説を成し遂げる ──著名デザイ...</summary>
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<dc:subject>49_interview</dc:subject>
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<![CDATA[<h3>JUNKO KOSHINO：<br />
未来デザインで現代伝説を成し遂げる</h3>
──著名デザイナー・コシノジュンコの「こだわり」の世界
<h2>特約編集者　李楚鹃</h2>

<p><img src="http://jkf.cn/jp/images/fashion_china.jpg" align="right">【背景】 5月中旬、中国対外文化交流協会が主催する、日本の著名デザイナー・コシノジュンコが中国で初めのファッションショーから20周年を記念する「中日ファッション新生活文化交流」と題するファッションショーが北京飯店で行われた。</p>

<p>今回のショーは、コシノジュンコの長年の代表作を集めたもので、これまでの二十年間の流れが窺える。</p>

<p>ショーの作品は主に黒や濃い色が多く、フリンジ、プリント、プリーツなど東洋的な要素の中に、西洋的な特徴を巧みに融合した。コシノジュンコの濃厚な文化基礎と東洋的な絆が見られ、そして中国伝統服飾の姿が随所見られる。</p>

<p>「日本の文化を辿ると中国に行き着く。私のデザインは中国という大木に咲いている花。」とコシノジュンコは語る。</p>

<p>コシノジュンコは中国文化を遡ることによって、中国との深い絆ができた。これも今度のショーができた一つのきっかけかもしれない。<br />
面白いことに、ショーの観客の中に、自費でわざわざ日本から来たコシノジュンコのファンが少なくない。これは、コシノジュンコのデザインはいかに独特で魅力と影響力があるものかということだけではなく、作品が文化と密接して精神的なものとなったら、時間と空間を超え、流行に左右されないのだということを教えてくれた。<br clear="all"></p>]]>
<![CDATA[<p>20年が経った。人生にはいくつの20年があって、伝説を繰り広げられるのだろうか？</p>

<p>著名デザイナー・コシノジュンコが1985年以来、再び北京でファッションショーを行っていた時、人々を感銘させたのは、コシノジュンコが「中国という大木」に基づいた北京との断ち切れない絆と、年月と共に流されない情熱と愛しさである。</p>

<p>歳月の更迭により、青春はその艶が褪せるようになった時に、彼女はどのようにして、才能溢れるご主人を二十何年間ずっと自分そして自分の仕事のために駆け回り、そして、いつも後ろに立って彼女が表舞台で喝采を浴びているのを静かに見守ることができたのか？<br />
20数年間、ご主人の鈴木さんとは意見の行き違いはどう解決したのか？<br />
三宅一生、高田賢三、山本耀司と同時代の国際的な影響力を持ったこの巨匠は、何に支えられ、デザイン業にずっと従事し、やり続けられたのか？<br />
日本のファッション業界の現状と発展が、中国のファッション業界及びデザイナーたちにどのような啓発が与えられるのか？<br />
これらの疑問は、コシノジュンコとの快い談話の中から次々と明らかになった……</p>

<p>成功したデザイナー、特に成功した女性デザイナーにとって、仕事の成功は時に実ならぬ恋と家庭の不幸を意味する。<br />
例えば、ココ・シャネルとビビアン・ウェストウッド。彼女たちはファッションに対する不滅な感情を持っている。<br />
コシノジュンコもそうだが、彼女たちよりずっと運がいい。夫婦円満の生活で、世間に仕事と生活の両立ができると証明した。だから、コシノジュンコにとって、愛とは相当広い意味の言葉である。今流行りの「愛とはあなたの好きなものを愛する」という文句で、彼女の「愛」が語れてしまうだろう。</p>]]>
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<title>Fashion CHINA　独占インタビュー 02</title>
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<modified>2005-07-24T16:56:21Z</modified>
<issued>2005-07-17T13:00:56Z</issued>
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<summary type="text/plain">東洋文化と未来への探索 特約編集者　李楚† ある意味では、ファッションはコシノジ...</summary>
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<![CDATA[<h3>東洋文化と未来への探索</h3>
<h2>特約編集者　李楚鹃</h2>

<p><img src="http://jkf.cn/jp/images/photo01.jpg" align="right">ある意味では、ファッションはコシノジュンコの感情の器である。</p>

<p>彼女はファッションを通して、全ての才能と情熱を放ち出す。また、歳月と共にご主人との愛のつながりにもなった。コシノジュンコの談話意欲を誘い出したのは、彼女の輝かしい過去を成就させた、東洋文化と未来への探索へのこだわりである。<br />
<h4>“私の作品の中に、東洋文化的な要素はまるで音楽のように、クライマックスの時もあれば、沈黙の時もあります。とはいえ、作品から溢れた雰囲気と個性はずっと変わらない。”</h4></p>]]>
<![CDATA[<p><strong>Fashion CHINA</strong>：「オリエンタル・プリミティブ」というテーマのパリコレデビュー以来、26年が経ちましたが、コシノジュンコさんは東洋文化と未来への探索へのこだわりがずっと変わっていません。東洋美的なの四角いデザインはコシノジュンコの特徴であるという見方がありますが、ご本人はどう思われますか？今の作品と比べて、その変化はどこでしょう？</p>

<p><strong>コシノジュンコ</strong>：デザインは私にとって生れつきの表現方法であり、それはあくまでも感覚から生まれたものです。他人の評論により、まとめられた部分もあるのです。（笑い）東洋文化と未来への探索がずっと続いています。私の生命に溶け込んだとも言えます。この20数年間はきっと変化がありましたが、変化の程度の違いだけです。私の作品の中に、東洋文化的な要素はまるで音楽のように、クライマックスの時もあれば、沈黙の時もあります。とはいえ、作品から溢れた雰囲気と個性はずっと変わらない。</p>

<p><img src="http://jkf.cn/jp/images/photo02.jpg" align="right"><strong>Fashion CHINA</strong>：近年、日本人デザイナーから、日本文化の傾向ではなく、むしろ東洋文化についての解釈が多いことが良く見られます。日本人デザイナーは欧米でも高く評価されているのは、彼らが民族文化を愛し東洋文化と西洋ファッションをうまく融合させることに関係があると思いますか？</p>

<p><strong>コシノジュンコ</strong>：実は日本人のデザイナーが自分達自身が東洋文化を意識して創作しているとは「思ってない」と思います。日本デザイナー多少日本の個性という自分の考えを持っているからです。日本人デザイナーという国単位でその個性集団をとらえるのは（たとえば「中日」とか）ファッションの世界ではあまり好ましくないと思います。たしかにひとつにまとめたくなるのは他の世界にもありますが、彼ら(コシノジュンコも含めて)が民族文化を愛したことからその作風が生まれたとはおもいません。厳しい国際舞台にあっての自己表現は、それはそこに参加する他の世界のデザイナーの誰のものとも類似したり似ていたりしてはいけないのです。そしてその作品が厳しい「センス」の選択を通過して、そのこと（コレクションの発表）を毎シーズン繰り返し常に新作を提案してきた人々たちなのです。しかし作品のなかにそのデザイナー達の共通するのもが東洋的であって、民族的なものを発見したとき、それを評価する人々の「表現」として西洋と東洋の融合といった言葉を選ぶものだと思います。<br />
<h4>“良いデザインとよく売れるデザインとは一致しないケースが多いです。そんなことで自分のキャラクター（個性）とそういったものを求めている事業家（市場）とのパートナーによるデザイン事業の達成です。”</h4><strong>Fashion CHINA</strong>：三宅一生、高田賢三、山本耀司と同時代の著名デザイナーとして、ご自分が日本デザイン界ひいては国際ファッション業界に及ぼした影響、そしてご自分の位置付けをどのように評価されますか？デザイナーの先輩として、20年前もう東洋文化を国際舞台で展開されましたね。</p>

<p><strong>コシノジュンコ</strong>：まさに現在の中国の時装における事業のひとつのよい質問になるかと思いますが、これは自分自身のテーマでありますが、デザインや生活文化の進展に大変な重要なことです。日本でのデザイナーとしては、あとに続く人に沢山の道しるべを残していると思います。<br />
その事業とそれに関わる人々へのその仕事に対する行き詰まりや倦怠感の払拭をどうするのかといったときに考えるテーマでもあります。作ったものが沢山売れて関係者が幸せになるときもあります、しかし売れたものが作品として満足のいくものだったのか？という問題も残ります。またその逆もよくあるケースです。</p>

<p><strong>Fashion CHINA</strong>：この質問について具体的なご意見とご策略をお聞かせいただけますか？</p>

<p><strong>コシノジュンコ</strong>：まずはデザイナーと商業の関係です。ハードとソフトの分離といいますが、それまでの日本ではデザイナーが自分自身で製造と販売をする事業を起こして市場を広げていくのが定石でした。<br />
いまもそうして事業を成功させているデザイナーの方々も多くいますが、良いデザインとよく売れるデザインとは一致しないケースが多いです。そんなことで自分のキャラクター（個性）とそういったものを求めている事業家（市場）とのパートナーによるデザイン事業の達成です。<br />
デザインライセンスという事業手法ですが、これを日本で積極的に展開しました。そしてその展開事業種類も洋服（紳士服から子供服など）にとどまらずインテリアなど、家具から食器まで幅広く展開することになりましたが、事業の領域と量は広がっても、私自身のところでは倉庫や大勢の営業スタッフなどを抱える必要はありませんので、デザインへの集中が増します。<br clear="all" /></p>]]>
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<title>Fashion CHINA　独占インタビュー 03</title>
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<summary type="text/plain">夫婦のパートナーシップと相手への思い遣り 特約編集者　李楚† 確かに、優秀なデザ...</summary>
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<![CDATA[<h3>夫婦のパートナーシップと相手への思い遣り</h3>
<h2>特約編集者　李楚鹃</h2>

<p><img src="http://jkf.cn/jp/images/photo03.jpg" align="right">確かに、優秀なデザインは必ずしも売れるデザインと等しいことではない。<br />
コシノジュンコは知恵と幸運で、自分の個性を認めてくれるメーカーを見つけ、彼らと協力し合い、独自のデザイン事業をやり遂げた。<br />
しかし、コシノジュンコのデザイン才能を活かし、成功に導いた一人の男がいなければ、コシノジュンコの夢もそう簡単に実現するものではない。男を20数年間、自分を支持させることは単なる「幸運」という言葉で語れない。</p>

<h4>“主人はかなり才能がある人で、時には私よりずっと考えが大胆でした。私たちの協力はお互いに思い遣り合うプロセスといえるでしょう。”</h4>]]>
<![CDATA[<p><strong>Fashion CHINA</strong>：鈴木さんとはご夫婦だけではなく、仕事のパートナーでもありますが、これまで仕事において意見が分かれたとき、どのように調整して解決していますか？具体的な事例をお聞かせいただけますか？</p>

<p><strong>コシノジュンコ</strong>：仕事の上での意見分裂については、事業の展開の場合は多少でも結果と解決を「時間の経過」に任せる。（まあ言えば、一晩たつと主題について相手の考えが読み取れる）主観と客観の逆転現象でしょうか。ファッションショーの構成などで「もめる」時の決済は「フレッシュ感」、どちらの考えが「未来に近いか」、未来にはふたりとも従順です。</p>

<p><strong>Fashion CHINA</strong>：鈴木さんはコシノ先生にほれていると聞いております。よく仕事に専念する女性は美しいと言われますが、鈴木さんはコシノ先生の才能にほれていると思いますか？また夫婦にとって協力できる基礎はお互いにほれている事ですかそのほかですか？</p>

<p><strong>コシノジュンコ</strong>：才能の昇華へのパートナーという考えもあります。ただそれがファッションという一個人の芸術作品に対する認定ではなく、本人（鈴木）も参画してチームとして一緒に作り上げるパートナーシップ。本人（KOSHINO）のキャラクター（人間性）に好意を持っているのは事実です。（笑）互いの満たされない部分を相手が補完できる、それが良い夫婦かとも。</p>

<p><strong>Fashion CHINA</strong>：お二人では、どちらか相手への思いやりがより大きかったのでしょうか。<br />
<strong>コシノジュンコ</strong>：私たちは仕事で知り合ったので、ものすごく助けてもらったの。主人はかなり才能がある人で、時には私よりずっと考えが大胆でした。私たちの協力はお互いに思い遣り合うプロセスといえるでしょう。<br />
<h4>“デザイン会社として勝ち抜きたいなら、パートナー、いわゆる協力してもらって、一緒に事業を作り上げてくれる人を探さなければなりません。これは成功への秘訣の一つである。”</h4><img src="http://jkf.cn/jp/images/photo05.jpg" align="left"><strong>Fashion CHINA</strong>：この夫婦のパートナーシップはデザイン会社の特徴と発展には最適だと思いますか？先生のお考えは、中国のデザイナーたちに啓発を与えていただきたいのですが…</p>

<p><strong>コシノジュンコ</strong>：「デザイン会社として勝ち抜きたいなら、パートナー、いわゆる協力してもらって、一緒に事業を作り上げてくれる人を探さなければなりません。これは成功への秘訣の一つである。<br />
別に夫でなくてもいいです。<br />
例えばイブ・サン・ローランとパートナーのピル・ベキー。彼らの協力はYSLの輝かしい時代を創りました。肝心なのは二つの条件があります。ひとつ、パートナーが経営に精通して自分の能力を認めてくれる人でなければなりません。<br />
ひとつ、お互いに信用しあう関係にならなければなりません。デザイナーとして、気力と才能は無限なものではありません。私は一応仕事の重点をデザインに置いていて、もう一人がいて、経営、管理などの事務を分担してもらう必要があります。</p>

<p><strong>Fashion CHINA</strong>：コシノ先生の成功は、このほかに生まれ育った家庭の影響抜きでは語れないでしょう。洋裁店をご経営のお母様は国際ファッション三姉妹の奇跡を作り上げましたね。（ご姉妹にはHIROKO KOSHINO, MICHIKO KOSHINO がいます）</p>

<p><strong>コシノジュンコ</strong>：（笑い）母は今年で92歳ですけど、まだ新しい仕事にチャレンジしています。お肌の手入れは私より上手です。父がなくなったあと、店を経営して私たち三姉妹を育ててくれました。私たちの趣味は母から影響を受けました。最も影響されたのは、「女性は仕事と自立」だということです。私は母の仕事への根強さと楽天的な考え方を引き継ぎました。<br clear="all" /></p>]]>
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<title>Fashion CHINA　独占インタビュー 04</title>
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<issued>2005-07-14T16:31:34Z</issued>
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<summary type="text/plain">デザイン芸術と使命感への拘り 特約編集者　李楚† コシノジュンコの話によれば、2...</summary>
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<![CDATA[<h3>デザイン芸術と使命感への拘り</h3>
<h2>特約編集者　李楚鹃</h2>

<p><img src="http://jkf.cn/jp/images/photo06.jpg" align="right">コシノジュンコの話によれば、20数年間、彼女がしたい仕事はただ一つ、デザインである。彼女のデザインは舞台衣装からプレタ（婦人服、紳士服、子供服）まで、更に漆や食器などの日用品に広がっている。</p>

<p>デザインから離れたことがなく、「人々の暮らしを変える」という使命感からも離脱したことがない。</p>

<p>２０数年間を振り返ってみれば、コシノジュンコの成功はさまざまな面から伺える。伝統の着物デザインの枠組みを超えた作品は嘗て日本着物協会に強いインパクトを与えた。1990年、アジア大会のためにデザインした未来志向の体育服装によって、スポーツファッションに新しい変化をもたらした……ここで特筆したいのは今年初、ニューヨーク・ブロードウェーのオペラ『太平洋序曲』の舞台服装をデザインした彼女が、トニー賞の最優秀衣装賞にノミネートされた。</p>

<h4>“影響されない自分自身でいて、好きなものも嫌いなものもはっきりさせ、自分の造型感覚に自信をもって、「時代のニーズ」を予感し、人々の待望感を与える。”</h4>]]>
<![CDATA[<p><strong>Fashion CHINA</strong>：歌手の衣装デザインはコシノ先生がファッション業界に入ったきっかけとですが、その経歴はステージ服装の創作において、大いに役に立ちましたでしょうか？</p>

<p><strong>コシノジュンコ</strong>：そうですね。影響が少なくないです。ステージ、歌手の服装のデザインがうまいですよ。芸術が共通したもので、普段はオペラが好きで、特にイタリアのオペラとフランス映画です。本当の芸術は流行に左右されません。イタリアのあるオペラ監督の作品は二、三十年後に見ても依然として先に走っています。自分の作品もこうなってほしいです。</p>

<p><strong>Fashion CHINA</strong>：デザイン芸術ということですが、生活用品のための服装デザインとして、どうやって流行と個性、現代と未来の間の関係を把握していますか？そして、どうやって芸術デザインという考えを服装デザイン理念の中で続けていますか？</p>

<p><strong>コシノジュンコ</strong>：確かにファッションは流行に影響を受けやすいことは間違いないです。生活性と現実性という意味で服の実用性と着る場所を考えなければならないです。たとえば旅行のための服は旅行の場面を考えるべきです。しかし、デザイン理念と芸術作品は一致するはずです。</p>

<p>ファッションは「用の美」の追求でもあります、「自分自身」と「出会い」と「時代」この三つがひとつになってモノつくり作品となっていくわけです。影響されない自分自身でいて、好きなものも嫌いなものもはっきりさせ、自分の造型感覚に自信をもって、「時代のニーズ」を予感し、人々の待望感を与える。人々の批判をかわせられ、説得力のあるものがないとね…おそらくプリミティブがシリーズ化したことは、そしてそれが受けたということは「時代」が求めていたものなのでしょう。「時代」はつねに「変化」を求めます、この先取りを提供できないとデザイナーは苦境に追い込まれます。</p>

<p>今回の北京のファッションショウでは一般の方からもメディアからも東洋的Eastern　Designといった感想をよく聞きました、この作品群は東京で作ったもので特に東洋を意識したこともなく自分が今大きなパーティで着てゆきたい服はというものばかりでした。実際東京の店でもお客様には評判もよろしいのですが、特に海外のレセプションに出席する方には好評のようです。これにはそこに「民族のエスプリ」を見つけ出したのでしょう。</p>

<h4>“私たちが築き上げた「哲学」の代弁としてのBRANDの今後のテーマは「コミュニケーションとファッション」場合よっては「コミュニケーション自体」がファッションであるということになるでしょう。”</h4><strong>Fashion CHINA</strong>：長い間デザイン事業に専念して、そしてパリコレにもよく参加することは、JUNKO KOSHINOというブランドに沢山の商業報酬を持たせたでしょう？

<p><strong>コシノジュンコ</strong>：パリのコレクションに1978年から2000年まで参加しましたが、パリコレを見てイタリアの優秀メーカーがデザインの提携をしたいと申し出がありました。JUNKO KOSHINO Italiaというブランドで何年も仕事をしました。ここでの製品は彼らの手によってヨーロッパ、アメリカへ送り出されたものです。最近では家具のデザインの依頼もイタリアからあって展開をしました。そういう意味では作品や自分自身の表現(デザイン)で世界を目指すときはパリという場所は重要なところだと思います。</p>

<p>ただ常に創作という新しい未来のためのデザインは基本ですから、この達成のために何に眼を向けるべきか、これがモノをつくる、そしてそれが事業と連帯しているファッション、デザイン＆ビジネスという芸術と隣接したこの仕事を（デザインの素養を芸術とは切り離せないことである認識をお知らせすることも重要）達成してデザイナーの仕事の領域の拡大はあとに続く人々へのビジョンになるものだと思います。<br />
世界の領域（マーケット）に自分を示すのと自分の領域（才能）を世界に普及。<br />
これは自分のキャラクター（個性・特徴）の自己発見が大事です。</p>

<p><strong>Fashion CHINA</strong>：先生はとてもエネルギッシュだと聞いておりますが、普段の一日をどのように過ごされているかをお聞かせください。ご自宅で休んでいる時は何をなさいますか？もっとも満足感を得ることは何ですか？</p>

<p><strong>コシノジュンコ</strong>：おそらく頭の中が空白の状態が、我慢できない性分なのでしょう。家で時間のあるときはいろいろなものの整理、そして料理も集中できていいですね。遊びも仕事も集中が好きなようです。人との集いが望むと望まずにかかわらず休日も含めて多いです。人好きなのですね。</p>

<p><strong>Fashion CHINA</strong>：現役で活躍されている大物デザイナーとして先生は日本ファッション業界の繁栄期そして現在の緩やかな時期を経験されましたが、日本ファッション業界の現状についてコメントをいただけますか？<br />
また、貴社の自社ブランドの更なる発展のビジョンについてお話を聞かせていただけますか？</p>

<p><strong>コシノジュンコ</strong>：日本のファッションとその業界について「混沌」という言葉がありますが、残念ながらファッションも経済とは切っても切り離せない産業です。ファッションは日本では「繊維」中国では「紡織」といった工業事業の先端的役割です。経済の進展とその崩壊は流れを大きく変えます。</p>

<p>日本のファッションビジネスに大転換期をあたえた経済崩壊は大衆の購買意識を変えましたがIT出現により流通事業の仕組み流れに大変化が起きました。ひとつの経済景気単位でのサクセスと次の景気単位でのファッション需要はフレッシュ顧客ともいえる服が必要な若い顧客層に元気が現れる。「時代」の要求と要望ですので大衆のファッションにたいする憧れや願望は消えることはありませんが、「着る」こと対して旺盛な「世代」、若者といってしまえばそれだけですがここには、「感性の共有」ともいえる需要は期待できますが、成熟高齢化社会におけるファッションの拡大は厳しいものがあります。</p>

<p>ですので先にふれた自分の領域を広げる、広がった領域での表現は可能性が大きいです。</p>

<p>オペラや京劇にいたるまで「衣」はなくてはならない「具」であります。私たちが築き上げた「哲学」の代弁（ここではあえて哲学にしました。）としてのBRANDの今後のテーマは「コミュニケーションとファッション」場合よっては「コミュニケーション自体」がファッションであるということになるでしょう。<br />
今後はこの「コミュニケーション」の場の真ん中に「JUNKO KOSHINO」というブランドが位置づけられるでしょう。そしてその具体的展開をまさに立案をしておりまして、その具現に中国はうってつけの「領域」になります。<br clear="all" /></p>]]>
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<title>Fashion CHINA　独占インタビュー 05</title>
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<issued>2005-07-13T16:45:33Z</issued>
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<summary type="text/plain">特約編集者　李楚† インタビューが終わった。 別れ際に、コシノジュンコのブランド...</summary>
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<![CDATA[<h2>特約編集者　李楚鹃</h2>

<h4>インタビューが終わった。</h4>

<p>別れ際に、コシノジュンコのブランドは中国市場への参入はあるかと尋ねた。<br />
彼女はこう答える、JUNKO KOSHINOが好きな中国人消費者たちに、日本に来て、日本でJUNKO KOSHINOの服を買ってほしい。</p>

<p>短い話だったが、彼女の野望が見えてくる、いや、むしろ彼女の「知恵の現われ」かもしれない。その前に、私の「長い間も子供服のデザインをして来てこられたが、どうしてやめたのですか」という質問に対し、「子供服デザインを引き受けた一番の理由は息子に合う服が見つからなかったのです。今は息子も大人になったので、やめてもいいと思った」とコシノジュンコの母性愛に溢れた言葉に対し、記者はこれ以上何も聞けませんでした。<br />
また、彼女の「息子に強要しなくても、きっと将来は母を手伝ってくれる」という考えから、彼女の叡智が伺える。<br />
この叡智があるから、コシノジュンコの伝説が続けられている。しかも、近代化した連絡手段と経済発展がアジアをもっと開放するようになった時に、小篠順子のJUNKO KOSHINOブランドは交流の中から自分の位置を見出すはずだ。</p>]]>
<![CDATA[<h3>中国人デザイナーへの啓発</h3>

<p>ナショナリズムを国際化、グローバル化に転換することはとても重要な問題である。それなりの素質をそう簡単に備えるわけではない。国際的な体験は雑誌とインターネットだけではなかなか物足りない。十分な時間と資金がなければ実現できない。</p>

<p>これが、自分の身の回りにいるさまざまな芸術に従事している人々との交流から、刺激を受けて実感したものである。もちろん、自分にも相手に刺激になれる部分がなければ、友人にはなれない。だから、中国のデザイナーたちは、もし国際化のルートを選んだら、まず中国の芸術文化の真髄を味わう必要がある。</p>

<p>時代の歩みを捉えるために目を外に向けるけど、実は発想が常に身の回りにある。海外でいろいろ見回ったら、身辺の発想が見えるようになる。時代の枠組みから中国に狙いを付けて、自国の優れた部分をデザインに融合して国際的基準化することができる。</p>

<p>国際的な感覚とは、西洋の様式で物事を見るのではなく、西洋の「働き」に東方の「意味合い」を加えることである。中国は、どのように自分の奥深い伝統文化を現代的な手法で解釈するかで全世界から熱い視線を浴びている。なんと言っても、この発展は世界にとっても貴重な宝物である。もし、中国のデザイナーたちがこれに興味を持って世界に向けるようになったら、誇りに残るものをかなり見つけるはずである。<br />
<center><img src="http://jkf.cn/jp/images/photo04.jpg"></center></p>]]>
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<title>中日时尚新生活文化交流</title>
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<modified>2005-09-10T12:01:56Z</modified>
<issued>2005-06-07T08:24:17Z</issued>
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<summary type="text/plain">ファッション、生活における大衆の変化を刺激する魅力あるこの言葉は、時代の鏡であり...</summary>
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<![CDATA[<p><img alt="topnews.jpg" src="http://jkf.cn/jp/images/topnews.jpg" width="120" height="180" align="right" />ファッション、生活における大衆の変化を刺激する魅力あるこの言葉は、時代の鏡であり時代の願望でもある。美しいものへの憧れ、美味しいものへの挑戦、創造するものも、鑑賞するものも、それは、そこに日常の生活にたいする「興奮」を自分のものにするでしょう。<br />
デザインという「美の伝道」は人々の「用」に供せられて益々その輝きを増してゆくものです。それは個人から始まり地域へそして国へ、それが海を渡り他の国の人々の共感まで取り付けたとき、まさにそれは「ファッション」のムーヴメント他なりません。</p>]]>
<![CDATA[<p>それは情報の発展とともにその伝達スピードを上げていきますが、永い年月をかけて着実に定着しその国民に浸透するものも少なくありません。<br />
瞬時に伝達して瞬時に指名を終えるものもあれば、そのルーツが自国以外であったことを気づかせないほど民俗化するものもあります。<br />
西洋の対極、東洋。渡来伝播して歴史のなかで変化を重ねその地でなじみ定着したスタイルを「和」と呼んでいるのが日本です。「和食・和服・和風」など、その中で「着る」というファッションでは西洋の服を洋服と呼び、日本の和のものを着物や呉服と呼んでおります。<br />
西洋の存在すら明らかになっていない時代の日本に「呉」の国の装いは「美しくて魅力あるもの」であったのでしょう。美の願望とそれを手に入れたいという希望は「あっと」言う間に国境を越えてしまうものです。呉の服の伝統をその「血」のなかに引き継ぎ、過去や現在を否定しながら西洋化に向けて新しい物への挑戦を止めずに創造を繰り返しながら東洋の意識に目覚めていくその「循環」。そこで生み出された作品の連結が「スタイル」である。</p>

<p>ＪＵＮＫＯ　ＫＯＳＨＩＮＯの２０年目の中国でのファッションショウはその起点と終点の間にあるパリやニューヨークでの創作や生活、ベトナムやキューバでの体験などが凝縮されたものであります。「２０年まえＪＵＮＫＯ　ＫＯＳＨＩＮＯは人民大会堂でファッションは国境を取る（越える）仕事」とメッセージしました。こうして互いに刺激をしながら影響をあたえ「美の具現化・ファッション」をとおして両国の新しい生活文化の発展にむけた交流にしてゆきたいものです。<br />
<div align="right">ＪＵＮＫＯ　ＫＯＳＨＩＮＯ</div></p>

<p><img src="http://jkf.cn/jp/images/a002-1.jpg" height="80" width="510" border="1" hspace="4" vspace="4" alt="A002-1" /></p>]]>
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<title>Photo Archives 2005.04.11 - 2005.05.15</title>
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<modified>2005-08-13T08:26:38Z</modified>
<issued>2005-06-07T08:20:48Z</issued>
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<summary type="text/plain"> [JUNKO KOSHINO Anniversary Collection] ...</summary>
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<email>info@jkf.cn</email>
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<dc:subject>51_photo_archives</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong> [JUNKO KOSHINO Anniversary Collection]</strong></p>

<p>>><a href="http://jkf.cn/cn/photo/audition/" target="_blank">Audition</a> 2005.04.11</p>

<p>>><a href="http://jkf.cn/cn/photo/press/" target="_blank">Press conference / Interview</a> 2005.04.11</p>

<p>>><a href="http://jkf.cn/cn/photo/models/" target="_blank">Models</a> 2005.05.13</p>

<p>>><a href="http://jkf.cn/cn/photo/construct/" target="_blank">Construct</a> 2005.05.13</p>

<p>>><a href="http://jkf.cn/cn/photo/rehearsal/" target="_blank">Rehearsal</a> 2005.05.14</p>

<p>>><a href="#" onClick="MM_openBrWindow('http://jkf.cn/cn/photo/fashionshow/','fashionshow','toolbar=yes,scrollbars=yes,resizable=yes,width=780,height=640')">FashionShow</a> 2005.05.14 (Slideshow)</p>

<p>>><a href="http://jkf.cn/cn/photo/wu-ru-jun/" target="_blank">wu-ru-jun</a> 2005.05.14</p>

<p>>>Stage Side 2005.05.14&nbsp;&nbsp;&nbsp;coming soon!</p>

<p>>>Finale 2005.05.14&nbsp;&nbsp;&nbsp;coming soon!</p>

<p>>><a href="http://jkf.cn/cn/photo/story/" target="_blank">Story</a> 2005.04.11 - 05.14</p>

<p>>>Anothor Eye&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;coming soon!</p>]]>

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<title>どうして中国でショウをしようとおもったのですか？</title>
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<modified>2005-07-14T12:07:06Z</modified>
<issued>1985-05-14T15:00:00Z</issued>
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<created>1985-05-14T15:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">「どうして中国でショウをしようとおもったのですか？」。1985年5月15日北京飯...</summary>
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<email>info@jkf.cn</email>
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<dc:subject>52_topics</dc:subject>
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<![CDATA[<p>「どうして中国でショウをしようとおもったのですか？」。1985年5月15日北京飯店西楼ホールでのショウのあとの宴会で李昭さんの一言。<br />
じつは1978年始めてパリのコレクションに参加するときテーマをいろいろ悩んだのですが、日本人や日本文化のルーツをたどるとどうしてもアジア、中国の影響抜きでは考えられなくその辺を私流に「プリミティブオリエンタル」というテーマでコレクションを組み立てました。日本の文化をたどると中国に行き着く、「中国という木の幹から枝に咲いた花が私のファッションです。」とお答えしました...</p>

<p><a href="http://jkf.cn/1985/" target="_blank">Read more...</a></p>]]>

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