Speccial Message from 宋建明 01
東方には「ファッション新生活文化」を
このように解釈する考え方がある
コシノジュンコ北京ファッションショーを見ての感想を記す
宋建明
鈴木弘之氏が教えてくれた。彼の夫人であるコシノジュンコはもうすぐ北京飯店で「中日ファッション新生活文化交流――北京20周年紀念」と題するファッションショーを行うと。私は北京まで鑑賞旅行に行くことにした。こう決めたのは、私のコシノジュンコの芸術思想とその実践への関心からである。
日本の友人である下泉和也氏(ディックカラー&デザイン株式会社の責任者)の手配で、私達はコシノさんのデザインスタジオに招かれ、訪問した。スタジオは東京の一角の静かな小道に面した小さなビルの四階にあった。下の三階はコシノさんのブランドJUNKO KOSHINOファッションブティックで、店内は明るく、赤と黒が交互になった一列一列の婦人服がすっきりと配置され、区分がはっきりとしており、とてもモダンな感じだった。
コシノさんのスタジオで私達は掘り下げたインタビューを行った。内容は彼女の生い立ち・デザインの理念から中国とのこれまでの交流に亘った。コシノジュンコは老舗の呉服屋に生まれ、長年和服のデザインを手がけた後、ファッションデザインに転向した。服装からアクセサリー・皮革・金属・漆工芸、更には家具のデザインまで…、彼女はいまだにその関心対象を広げ続けているようだ。私の注意を引いたのは、彼女の業績ばかりでなく、もう一方の叡智に満ちた二つのまなざし――それは鈴木氏である。彼は敏感で、反応が素早く、深い教養を持ち、どうしたらロマンティックな構想を迅速に実現できるかを良く知っているかのようだった。JUNKO KOSHINOブランドが今日持つ影響力は、きっと彼ら夫婦が手を携えて作り上げたものに違いない。会話の中で、彼らの文化観とは、「土着に根ざし、世界に目を向ける」という言葉で形容されるものであることを深く感じた。この文化観は彼女の生活と芸術デザインの隅々にまで浸透している。
インタビューが終わって、暗くなってくると、私達は階上へ招かれ、彼らの住居の客となった。広々とした応接間は両面の壁が総ガラス張りで、一方の側は外が見え、大通りに面しているので、東京の夜景を目に焼き付けることができた。もう一方は内側に向き、最上階の中庭に面していた。この中庭は正方形で、二つに分かれており、半分が浅い池、半分が石板で覆われ、すっきりと何の飾りもなく、空が暗くなると壁の四隅の見えない部分にある照明が青い光を発して、静寂な感じを与える。応接間の壁際の一角には黒い洋式の飾り気のない皮製のソファとテーブルのセットがあり、真ん中のいくつかの黒い漆塗りの細長いテーブルは、垂直に接するように組み合わされ、上にはいくつかの黒と緑の漆の箱が置かれ、ビュッフェスタイルの晩餐が整然と中に並んでいて、スタイリッシュな感じであった。
「ファッションとは、私達がさまざまな美しいものを創作したり鑑賞したり、または珍しく美味なご馳走を味わう過程において、飽きることなく楽しませ、帰るのを忘れさせるほどのものなのです。」(コシノさんの言葉)。交流の中で、コシノジュンコは中国の食事について、盛りだくさんだけれど、構成の考え方にブレークスルーがすこぶる不足していると批判した。「飲食大国」から来た私は、それを聞いてかなり驚いた。しかし彼女の一連の行き届いたやり方とそれによって生じた境地・情緒を見ている内に、私達はこれまで当たり前だと思っていた事物の状態について、よく反省する必要があり、そうしてこそ初めて新しい発想が生まれるのだと感じた。日進月歩を追い求めるのは、もともと現代の都会人の生活における一種の欲望がもたらした結果なのである。
晩餐後、私は和室に招き入れられた。面積は広くはなく、何枚かの畳の上に木の地の色そのままの小机が置かれており、私達は畳にじかに座った。やわらかい明かりの下、優雅な雰囲気だった。お茶を前に、コシノ女史は私に近年の中国の変化について尋ねた。彼女がとても真剣に聞いているのが感じられた…
by jkf
Speccial Message from 宋建明 02
序曲は真っ暗な中で始まった。二本の冷たい青い光が徐々に明るくなり、鉄錆のような赤色の服を着て、うつむいた演奏者に焦点が合わされた。臓腑をえぐるような京胡がむせび泣くように、訴えるように、遠くから近くへ、低から次第に高へ、立ちのぼってゆく…。中国伝統の一種の悲愴美が周囲に満ち、心が引き締まる。曲の音が次第に低くなり、六名の伝統的和服を着た中国女性がゆっくりと登場した。
続いて、コシノさんが心を込めてデザインした十余のシリーズのファッションが、それぞれ異なるリズムの楽曲に合わせて次々と現れる。服は「呉服」と称される古風な服装を母体とし、様々な新しいファッションスタイルを加味したドレスで、服の形・長い袖・ベルト…私の見たところ、漢や唐の時代の衣装の延長線上にあるようなものも多く感じられた。和服を基礎に発展変化させたもの・皮革を編んだものとシルク素材を組み合わせたもの・華麗できらびやかな金色のもの・毛皮コートとある種の民族アクセサリーを、ベルトを編む手法で組み合わせたもの・黒いスカートを下着にし、外側に鮮やかな色調を羽織ったもの・透明と不透明な布地を織り交ぜ、更に伝統的な図柄を刺繍したロングドレス・古風な斜めに裁ったワンピースに現代的な装飾を合わせたもの・輪郭線に不規則な不完全感のあるもの・幾層にも重なり合ったもの・一枚の布を切って作ったリボン状のもの・幅広の織物を編み上げたもの・肌を隠しつつも見えそうなもの…、これら元々何ら生命の表徴ももたない衣服製造材料が淡々と天成のイメージとなるよう構成され、長くなったり短くなったり、緩めたりたり引き締められたり…、一組一組の服が、ゆっくりと代わるがわる披露され、日本の「華道」芸術のような放射状や、長さが不均一な髪の束を組み合わせた髪型や髪飾りとあいまってとても美しかった。最後の一組は、ブラックシルクのロングドレスで、松・雲・波のような伝統の模様が金色で刺繍されており、和風をアレンジした髪型に2本の非常に長いかんざしを差している様は、釣竿が空中でゆれているようで、人の耳目をそばだてた。
ファッションショー全体は、色使いが濃艶で、対比は力強く、古風な香りが濃厚ながら、ファッション性を失っておらず、東西文化のファッション精神が集まり融合しあう中であの特殊な境地が現出したのである。もし私達が服装の形態美学の角度から今回のコシノさんのショーで表現された服装の表情を見るなら、私は、一種のイメージ感が比較的大きく現れていたと思う。それは形態の「突きぬけ」感である。「突きぬけ」の中から奇を求め、精緻を求め、日本の伝統工芸のあの品位を求める。みなコシノさんのデザイン手法である「冒険」の中から「新しさを求める」意図を見ることができる。再加工された布地が、巧妙に組み合わされている中に、コシノさんがこの危険な技を思い通りに扱っている様子が十分に見て取れる。これには勇気が必要である。ショー全体が一気呵成で、その美は数え切れない。その言葉に言い尽せないほどのファッションの世界は、まことに豊富多彩である。
by jkf
Speccial Message from 宋建明 03
第一に、彼女の服装の理念は日本の伝統的和服芸術から養分を得たものである。日本固有の伝統文化の土台、この土台の文化の源は古代中国の文化に遡れるものであるが、後に日本の文化人や職人の手により徐々に日本化の過程を完成し、中国文化の特色とは異なる「和の文化」と称される文化形態を形成した。コシノさんの言い方によれば、「西洋と東洋の間、古代中国の風俗習慣や精神と、徐々に形を成していった日本文化の間に、「和」と称される文化の雰囲気が生み出す『和食・和服・和風』といった文化形態がある。」彼女が日本の伝統文化に対し唱える「禅の境地」の精神とその表現とは:主体が静謐な境地の中で際立つこと、簡潔な形態の中に精緻を表現すること。同時に、彼女は長年ファッションの最前線で活躍してきたので、プレタポルテブランドのデザインと経営を知り尽くしている。だから、伝統美学観と現代ファッション観が融合し歩み寄る中で生まれる新しい発想が、コシノさんが次々に新作を生み出す原動力となっているのである。そのため、彼女のプレタポルテやファッションの中から、沢山の和服の技術や美学的な意味、例えば服地の選び方や再加工・裁断の型・装飾の模様や色彩…を見出すことができる。私はこれこそが彼女の服特有の美の原因だと思う。
その次に、彼女はその他の民族の伝統文化とその服装の特色に注目しており、これが彼女の人類文化への認識を多元化し、多様で豊富なものにしている。日本の文化環境には多元的な文化現象が存在し、一部の分野ではそれが非常に極端である。近代以来、「国際化」の色彩を帯びた欧米の「洋」文化が侵入したが、その頃の日本人は崇拝するような心理でまるごと受け入れ、研究を行った。日本が国際経済の分野で西洋諸国と平等に対話できる実力を顕示するようになるにつれ、国際化の心理はしばしば「アジア」の存在を忘れさせた。特に若い人々は前の世代の人々のように一様に西洋の潮流を追い求めるばかりでなく、自己表現に夢中になり、自国の中で彼らがファッションの要素だと考える様々なものを吸収し、各種の珍妙な、マンガのような色彩のものを集めて組み合わせ、当代日本の特色ある新しいファッショントレンドを作りあげている…。このような環境では当然その他の各種異なる民族文化の色彩を持つ事物も表現される。「爆発的な情報の高速伝達がなされる昨今の時代においても、多くの「ファッション」が長年のうちに人々の骨の髄まで浸透し、根を張っている。いくつかのファッション潮流は現れてはすぐに消え、線香花火のようなものだ。しかし、あるファッションは広く受け入れられる民族的文化にまで発展変化し、それが元々舶来品であったことなど分らないほどになる。」(コシノさんの言葉)
第三に、彼女の現在主流のファッション潮流趨勢に対する関心がある。新感覚・新材料・新技術…これらを選び取り、創造的実験を行って、「新生活文化」の形態に対する思考に振り向けるのである。
いわゆる国際的な激しい大潮流という背景にあって、人々の都市生活をめぐるモノは次々と現れて尽きることがないが、デザインの角度からその形態を考えると、容易に型にはまったものを発見でき、人を窒息させるに足る。だから、造物のオリジナリティーの問題が際立つのである。いかに似通った形の中から囲いを突破するか、コシノジュンコのようなファッションクリエイターについて言えば、最終的に生活方式や生活形態を見つめ直すことが必然的に要求される。コシノジュンコの目から見ると、「『ファッション』という言葉は時代を映す鏡で、一種の時代に対する憧憬をも表現している。」、果ては「一種のファッション運動」と考えられたりさえする。彼らは必然的に批判的なまなざしでこの環境の性質を見つめることを余儀なくされ、「新しい生活」を営造するという命題を打ち出す。だから、コシノさんは服装からアクセサリーへ・器へ・空間へ・生活環境へ・飲食へ、ひいては行動様式の向上にまで、彼女の視線が注がれるところでありさえすれば、まちがいなく一つも逃すことはなく、その能力で改造を加えなければならない。こうして「新生活」の名の下のトータルな形態デザインを展開するのである。
このように入り組んだ多元性と多様性の織り成す文化環境の中で生活し、二十年来、コシノさんの思想はきっと衝撃や調整の過程を経験してきたであろう。筆者は中国のデザイン理論の研究者として、コシノジュンコの芸術思想とデザインの実践を観察し、彼女のファッション観を解読してきたので、彼女のファッション観が既に服装自体を超越し、「文化」「新生活」と結びついていることに気づくのは難しいことではない。このような高みに立ってのみ、初めて彼女の「ファッション」の名の下にある全ての内容を縦覧することができるのである。
by jkf